大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)3059号 判決 1956年3月28日
原告 岡三証券株式会社
被告 高橋四郎
主文
被告は原告に対し金拾弐万千百五十九円及びこれに対する昭和二十九年六月十七日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
本判決は原告において金四万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め其の請求の原因として原告は大阪証券取引所会員で証券業者であるところ原告は被告より石川島重工業株式会社が新株式引受申込期間を昭和二十八年三月五日から同月二十日と定め同年一月三十一日現在の株主に割当てる旨増資を発表した同会社の右増資新株式五百株の買付委託を受け同年二月二日一株の金額三百九十八円替で買付けた。同年三月十八日右新株式五百株につき引受申込証拠金鎖収証が発行せられたので原告は直ちに被告に対しこれと株券引換委任状、株式譲渡証書とを引換えに代金の受渡を督促するも被告は右申込最終期日である同年三月二十日後四日の約定受渡期日を経過するも右受渡の履行を肯じない。右石川島重工業株式会社は其の後更に昭和二十九年一月二十日現在の株主に対し引受申込期間を同年三月八日から同月二十日と定めて株式一株につき新株式一株を割当てる旨の増資新株式発行を決定したので原告は被告の前記買付株式五百株につき新株式一株につき金五十円の割合による株金計金二万五千円を払込み新株式五百株を取得し株券の交付を受けたから被告に対し右株式千株の受渡を督促したが被告が応じない。原告は昭和二十九年四月二日附書留内容証明郵便を以て同年四月十五日までに右株式代金及払込株金計金二十二万四千円を支払い株式を引取るべき旨を催告し併せて右期間内に決済しないときは右買付株式を処分して代金に充当すべき旨の通知を発し右書面は翌三日被告に到達した。しかるに被告は履行しないために原告は同年六月二日右株式千株を一株の単価金百六円替で売却し其の代金十万六千円より被告の負担すべき売買手数料金三千円、取引税金百五十九円を控除した残金十万二千八百四十一円を前記代金二十二万四千円に充当した。よつて原告は茲に被告に対し右株式買付決済金十二万千百五十九円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十九年六月十七日より支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと陳述し被告の答弁に対し(一)本件売買取引は被告主張の通り現存の株式を対象とするものではないけれども新株式引受申込証拠金領収証の発行を停止条件として右領収証が発行せられた時其の引渡により権利株を譲渡することを内容とする条件附契約であつて原告は昭和二十八年三月十八日新株式五百株につき右申込証を受領したからこの時に本件売買契約は完全に其の効力を生じ、毫も公序良俗に反するものではない。(二)原告は本件買付株式を売却して債権に充当したのは商法第五百二十四条の規定に依拠したものではなく、証券取引法第百三十条に基き大阪証券取引所が制定した受託契約準則第十条の二に則り本件株式を処分したものである。同準則第十条の二に顧客が買付代金を所定の時限(同準則第七条に規定する売買成立の日から起算し四日目に当る日)までに会員(証券業者)に交付しないとき会員は任意に当該売買取引を決済するために当該顧客の計算において売付契約を締結することができる。会員が前項により損害を被つた場合においては、顧客のため占有する金銭及び有価証券を以てその損害の賠償に充当し、なお不足あるときはその不足額の支払を顧客に対し請求することができる旨規定しており、顧客の代金債務不履行により其の計算において会員が任意右決済処分を行うにつき法規及慣習上何等期間の制限を受けるものではない。原告は専ら被告の利益のために右株式売却を猶予したものであるから被告の抗弁は当らないと附演した。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め答弁として原告が其の主張の証券業者であり、被告と原告との間に原告主張の買付契約成立したこと及び被告が原告から其の主張の日時其の主張の催告を受けたことは認めるけれども其の余の原告主張事実を争う。
(一)(イ) 被告が原告より勧奨を受けて原告に買付を委託した本件売買は石川島重工株式会社が決定した増資新株式の割当期日後払込期日以前の間において新株式引受権の譲渡を目的としてなされたものである。商法第二百四条第二項は株券発行前の株式譲渡は会社に対し効力を生ぜずと規定し株式の引受による権利すら其の譲渡を制限しているのに本件のようないまだ引受のない単なる引受権の譲渡は商法上許さるべきではない。このことは不当な投機、株主の保護其の他諸般の法律的処理の必要からして配処せられた規制であり、商法の強行法規であるからこれに違反してなされた本件売買委託契約は無効である。
(ロ) 本件取引の目的である石川島重工株式会社の未発行新株式は大阪証券取引所において正式に認められた発行日取引の銘柄ではなく、従つて正式の信用取引の対象でない。形式は現物取引と称するかも知れないが所定の受渡期日に受渡不能のものであり、実質は専ら投機を目的とする賭事類似の行為で、斯のような取引は投機として脱法的妙味を有するところから当時相当広く行われ、株式の暴落により其の幣害が顕著に現われたので爾後発行日取引の運用を一層に厳重にされた経緯がある。従つて本件売買契約は取締法規並びに公序良俗に反するから無効である。
(二) 仮りに右抗弁が理由ないとするも原告は本件株式を引取らないことを理由に自助売却することは許されない。商法第五百二十四条は商人間の売買につき一定の条件の下に売主の処分権を認めているけれども本件の場合被告は商人でなく、又許される処分も目的物の供託或は競売であつて原告が一片の通知を発して恣に目的物を売却処分することは法律上許されない。仮りに原告の主張する通り証券取引法により証券業者の決済権が許されているとしても右は一定の条件の下に商人間の商取引を迅速に完結させることが売買双方の当事者の利益に適合するという趣旨の下に規定せられた商法第五百二十四条所定の条件を更に一層緩和して証券取引を短期迅速に決済させることにより其の取引の円滑を計る必要上設けられた商的色彩の最も濃厚な例外中の例外規定でなければならない。しかるに本件取引は昭和二十八年二月二日であり原告の売却処分は昭和二十九年六月二日でこの間実に一年四月経過している。いわんや其の間に更に新な増資をも経ているにおいておや。法律はかような自助売却処分をも適法として右特別例外規定を設けているものではない。原告の処分行為は法律の趣旨に背馳し権利の濫用であるから無効である。
(三) 以上の理由がないとしても原告が本件株式に取得した配当金は当然原告の請求額より控除せらるべきである。
以上何れによるも原告の本訴は失当であると陳述した。<立証省略>
理由
被告が大阪証券取引所会員である証券業者原告に対し石川島重工株式会社増資を発表した同会社新株式五百株の買付委託をし昭和二十八年二月二日一株の金額三百九十八円替で売買成立したこと、石川島重工株式会社が先きに同年一月三十一日現在の株主に対し増資新株式を割当て株式引受申込期間を同年三月五日より同月三十日と定めていたので原被告間に引受申込証拠金領収証が発行せられるとき右領収証及び株券引換委任状、株式譲渡証書と引換えに代金の受渡する約定がなされたことは当事者間に争がなく、真正に成立したことに争のない甲第二号証の記載及び証人駒田順一、同小林慶雄の各証言と本件口頭弁論の全趣旨殊に原告が買付委託手数料を計算しない事実とを綜合すれば原告が被告の買付委託に基いて其の相手方となり右受渡期限を右新株式申込最終期日後四日と定めて右売買を成立せしめたこと及び昭和二十八年三月十八日右新株式五百株に対する引受申込証拠金領収証が発行せられ原告がこれを準備して被告に対し右代金受渡を催告したことが認定できる。被告は本件売買取引は増資新株式の割当期日後払込期日以前の間において新株式引受権の譲渡を目的としてなされたもので商法第二百四条第二項が株式引受による株券未発行の権利株すら其の譲渡を制限しているのは投機の抑制、株主の保護、其の他諸般の法律処理の必要上本件におけるような、いまだ引受のない単なる引受権の譲渡を絶対に禁止する法意であるから右強行規定に違反してなされた本件契約は無効である。又右新株式引受権の売買は証券取引所において正式に認められた発行日取引の銘柄でなく、其の形式は現物取引の形態を有するも其の実質は専ら投機を目的とする賭事類似行為で取締法規に違反し公序良俗に反するから法律上無効であると抗弁するから按ずるに
冒頭認定事実に依れば本件契約は新株の引受権を表示する証書として会社指定銀行の引受申込証拠金領収証が発行せられることを条件とし其の領収証の受渡により株券未発行の権利を譲渡することを内容とする権利株の停止条件附売買契約であることが明かで商法第二百四条第二項は会社の増資決定後になされた右条件附権利株の譲渡を契約当事者間において禁止する法意でないことは疑がないから本件売買契約は其の約定受渡期日までに右領収証の発行せられたことが前示認定の通りであるので、この時に条件成就し完全に其の効力を生じたものといわねばならない。
又かような受渡の長期に亘る発行日取引につき委託保証金等受託条件の如何により不当投機を誘発するの結果現物の受渡不能に陥る惧あることは容易に推測できるけれども株式売買に伴う投機性は独り右条件附権利株の売買の場合のみに限られるものではなく原告が本件取引の受渡期日までに現物を整えたものであることが前段認定の通りである以上原告が取締法規に違反していわゆる本件へた株取引を誘引したこと其の他別段の事情あることを認むべき証拠がない限り本件売買取引がにわかに公序良俗に反するものと認めることができない。従つて被告の右抗弁は理由がない。
被告が前記受渡期日に履行しないうちに石川島重工株式会社が昭和二十九年一月二十日現在における株主に対し株式一株につき新株式一株を割当てる増資を決定したので原告が同年三月二十日までに本件売買株式五百株に対する一株につき金五十円の株金計金二万五千円を払込んだことは証人駒田順一の証言により認めることができ、原告が同年四月三日被告に対し同月十五日までの期間を定めて本件買付株式千株の受渡を催告したことは当事者間に争がない。前示甲第二号証、真正に成立したことに争ない甲第五号証及び証人駒田順一の証言に依れば被告が原告の右催告に応じないために原告が証券取引法第百三十条に基く原告主張の受託契約準則の規定に基いて同年六月二日右株式千株を一株につき金百六円の価格で売却したことが認定できる。
被告は右準則に定める株式売却権は商法第五百二十四条に規定する自助売却の条件を短期迅速に株式売買取引を決済させて取引の円滑を期せしめる必要上更に緩和した商的色彩の最も濃厚な例外規定中の例外的権能であるところ原告は本件契約成立後一年四月の長期間経過して後一方的に売却決済を行うことは証券取引法の本旨に悖り権利の濫用であると抗弁するけれども本件売買成立後株式価格が激落したので契約証拠金の差入を受けていない原告が被告に対し受渡の履行を督促しつつ株式価格の値上りを期待して決済処分を遅延したもので、このことにつき原告に責むべき事情の存しないことが証人小林慶雄の証言に徴し窮知できるから被告の右抗弁は採用しない。
してみれば被告は原告に対し前記買付新株式五百株の代金十九万九千円、株金払込金二万五千円計金二十二万四千円から原告の売却した前記株式千株の代金十万六千円より前示甲第二号証及び証人駒田順一の証言に依り被告の負担すべきものであることが認められる売買手数料金三千円及び取引税金百五十九円を差引いた金十万二千八百四十一円を控除した残決済代金十二万千百五十九円及びこれに対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日であることが記録上明かである昭和二十九年六月十七日より完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うものといわねばならない。被告は右決済代金より本件買付株式に対する配当金を控除さるべきであると抗弁するけれども現株売買において引渡未了の株式につき生ずる配当金は売主の権利に属するものであることは民法第五百七十五条に依り明かであるから被告の右抗弁は採用しない。よつて原告の本訴を正当として認容し民事訴訟法第八十九条第百九十六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 南新一)